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東京高等裁判所 昭和27年(く)28号 判決 1952年7月17日

抗告人 渡辺米次郎 原審弁護人 西ケ谷徹

主文

本件即時抗告を棄却する。

理由

本件即時抗告の理由は

第一点一、原決定は「刑事訴訟法第四百三十五条第六号に所謂「有罪の言渡を受けた者に対して無罪若しくは免訴を言渡し云々認めらるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき」とは言渡前にその存在を知らず又は提出不可能であつた証拠を該判決言渡後新たに発見し又は提出可能になつた場合の謂であると解するのを相当とする。本件について職権を以て調査するに右中根勝次の書面は請求人に対する第一審判決後に作成せられたものであつて、このことは右中根に対する当裁判所の尋問の結果に徴し明かであるから、かくの如き証拠は同条の「あらかに発見した」場合に該当しない。」と判示し本件再審請求を棄却した。

二、原審裁判官の見解は「あらたに発見した証拠」とは原判決言渡前に客観的には存在していたに不拘、その当時その存在を知らず、又は提出不可能であつた証拠でなければならぬというのであるが、この見解は法規の解釈をあやまつたか、又は本件につき提出した中根勝次の書面の意義を誤解したものに外ならない。

三、原審裁判官の新たに発見した証拠とは原判決言渡前に客観的に存在したものでなければならないということは、ある意味に於ては正当であるかも知れない。判決言渡後に作成された文書は判決言渡前には存在していないのだから、たしかに新たに「発見」したとは言えない。しかしこれはその文書が所謂証拠物であつた場合に然るのであつて、その文書が報告的意義を有する所謂証拠書類たる性質を有する場合には同一に解するわけには行かない。

四、報告文書の本質は人の記憶である。本件中根勝次の文書は同人が事件の現場に於て目撃した事実を記載して本弁護人に報告したものであつて、その証拠としての意義は文書の存在にあるのではなく、その内容の真実か否かにある。報告の内容の真実なるか否かは、報告者の記憶の正確か否か、その表現にあやまりがあるか否かによつてきまるのであつて、そのことは結局報告者自身を証人として取調べることによつて明かにせられなければならない。本件再審請求について右中根の書面を証拠書類として提出したのは、決して右文書自体を証拠とするものではなく、右文書の内容たる事件の目撃者の証言を提出したものであることは、右文書の趣旨からいつて明かだといわなければならぬ。従つて右文書の作成日時が何時かということは初めから問題にならないのである。

五、本件について新たに発見された証拠とは即ち証人中根勝次の存在をいうのである。刑事訴訟規則に再審請求書には証憑書類及証拠物を添えなければならぬことを命じているが新たに発見された証人として提出するのに当該証人の証言内容を記載した書類を提出することが便宜であることは言うまでもないが、その場合その書類の作成日時が判決言渡後であるという理由で新たに発見された証拠とはいえないと判断されるというのは、まこと奇怪であると謂わなければならない。

六、右証人中根勝次は原判決言渡以前に存在し、請求人はその存在を知つていたのであるが、同人の偽証のために請求人に於て当時その真実の証言を提出不可能であつたことを、本件再審請求の理由として、請求人は主張するものであつて、前記原審裁判官の見解によれば本件は正に再審請求の理由ある場合に該当するのであるから、原決定は当然取消さるべきものである。

第二点、原審裁判官は本件再審理由について昭和二十七年二月五日中根勝次を尋問し、その尋問の結果を本決定の理由に援用している。右中根の尋問は再審請求の理由の有無について事実の取調の必要を認め刑事訴訟法第四十三条第三項によつて行われたものと解するのであるが、原審裁判官は右尋問に際し、被告人又は弁護人に立会の機会を与えなかつた右事実の取調についても、証人の尋問の場合には当然刑事訴訟法第百五十七条によつて被告人又は弁護人に於て立会権があることは言うまでもないのに、右尋問につきその立会の機会を与えなかつたことは重大な違法である。しかも本件の尋問調書を検するに、中根の尋問につき証人として尋問する旨を表示せず、何ら正規の証人尋問の手続を履践していない。裁判所と雖も法律に定める手続によるに非されば、人を尋問する権限はないのであつて、右の尋問はまことに不法の甚だしきものがあるといわなければならぬ、右の如き不法の尋問の結果を理由に援用した原決定は当然取消されなければならない。

第三点本件再審の請求は原判決言渡前に行われた中根勝次の証言が偽証なること明かとなつたので同人の真実の証言を裁判の基礎として、公正な裁判を受けんことを要求しているものである。中根の証言は被告人の有罪無罪を決定するのに欠くことのできない重要な証言である。同人は事件現場の目撃者であるのに、原判決前にはその目撃者である事実を故ら秘匿していた、然るに原判決後にその偽証の事実が明かになり、同人は今や被告人以外に真犯人があるという事実を陳述せんとしているのである。証拠申請の取捨は裁判官の裁量にまかされているといつても、被告人の証人尋問権は憲法第三十七条に規定する重要な権利であるから、これを拒絶するについては、これを不必要とする特別顕著な事由がある場合に限られると解さなければならない。偽証した証人からあらためて真実の証言を求めようとする本件再審の請求は、憲法上被告人に認められた基本的人権に基く要求であると解さなければならない。この要求を棄却した原判決は被告人の憲法上の権利を無視した違法あるものというべきである

と謂うにある。

仍つて案ずるに、刑事訴訟法第四三五条第六号に所謂「証拠をあらたに発見したとき」とは、証拠の発見のあらたなることを謂い、その存在が原判決の以前より継続すると、原判決以後新に発生したるとを問わないものと解すべきを相当とする。然るに原判決によれば、右は原判決言渡前にその存在を知らず又は提出不可能であつた証拠を該判決言渡後新に発見し又は提出可能となつた場合を謂うものと解し、従つて本件再審請求人提出にかかる中根勝次より西ケ谷弁護人宛書面が請求人に対する第一審判決言渡後作成せられたものであるから同条に所謂あらたに発見した証拠に該当しないとの理由に基き、本件再審請求を理由なしとして棄却したのは、前記法条の解釈を誤つた違法あるものであつて、弁護人の此の点の主張は一応その理由があると謂うことができる。然し乍ら当裁判所において本件再審請求事由として提出にかかる中根勝次の書面及び原審における同人に対する尋問調書の記載を仔細に検討勘案すれば前記書面及び中根勝次の供述が刑事訴訟法第四三五条第六号に所謂「明かな証拠」とは到底認めることができないから結局において本件再審請求を棄却した原審決定は相当であつて、論旨第一点はその理由がないものと謂はねばならぬ。然らば論旨第三点も自らその理由がないのであつて、原審決定は毫も被告人の憲法上の権利を無視したと謂うが如き違法は存しない。又事実の取調をする場合において必要があるときは、刑事訴訟法及び刑事訴訟規則の規定により、証人を尋問できることは勿論であるが必ず証人尋問の手続によらなければならないと言う趣旨ではなく、適宜の方法によつて参考人を審訊することも、法の禁止するところでないものと解すべきであつて、原審が中根勝次を尋問するにつき証人として尋問する方式を履践しなかつたことを目して違法と謂うことはできないのは勿論、従つて亦右中根勝次の尋問に際し、被告人及び弁護人に立会の機会を与えなかつたとしても毫も違法の廉あるを見ない。論旨第二点も亦その理由がない。

仍て主文のとおり決定する。

(裁判長判事 中野保雄 判事 尾後貫荘太郎 判事 渡辺好人)

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